2014/09/12

日本が誇るべきもの、それは憲法九条

昨日の記事は、本来書こうと思っていたことじゃなかった。アメリカがシリア空爆するというから、その元々の原因は何だっけ?っていうところをまとめていたら、それだけで長文になってしまいました。

「テロをやめさせる方法を攻撃以外の方法で行うべきだと」締めたけど、書きたかったのはここ。じゃぁ、どういう方法が、攻撃以外でテロをやめさせる方法なのか、ということ。

アフガンで支援活動を行っている中村医師に関する新聞記事から抜粋してまとめます。

=== 以下、引用のまとめ ===

アフガニスタンで人道支援を続けるペシャワール会の現地代表で医師の中村哲氏は、1984年にパキスタンでハンセン病の治療を始め、86年からアフガニスタン難民の医療支援を本格化。2000年から、大干ばつに襲われたアフガニスタンで井戸の掘削や農業用水路の建設などに取り組んでいます。

かつて診療所を造るときライフル銃で武装集団に襲われたことがあります。備え付けの機関銃がありましたが、私たちは決して撃ち返しませんでした。殺したら殺される、報復の連鎖が始まると知っているからです。 これまで非暴力に徹し、敵をつくらないようにしてきました。政府、反政府、タリバンと立場に関係なくお付き合いできてきました。

アフガニスタンでは「憲法九条があってよかったな」と、日々思いながら暮らしています。身の危険を感じずに済むからです。 

アフガン人はヒロシマ、ナガサキのことを知っており、戦後復興を遂げた後、「平和国家」「海外に戦力を送らない国」として歩んできたイメージによって日本を尊敬しています。

九条の威力とは、そういうものだと思います。日本は軍事協力に消極的だった結果として、世界に敵をつくってこなかった。アフガンでは敵意ではなく、恩人としての意識だけが残った。それは日本のブランド力、歴史的遺産とも言うべきでしょう。

米国同時多発テロ後、米国がアフガニスタンを攻撃したことで米国は自由を与えに来たと言っているが、確かに麻薬の栽培や売春が自由に行われるようになりました。

積極的平和主義というのは、米国がアフガンでやろうとしていたことです。彼らの多くが「平和をもたらそう」とやってきましたが、人が死に、国が崩れ、破壊だけが残った。それがアフガン戦争の実態です。米国の介入でアフガンの人々の暮らしは明らかにひどくなりました。活動を長く続けていて、こんなひどい状況は初めて。昔は考えたこともありません。

近年の戦争はなるべく自国の兵隊の犠牲を出さないように、無人機で攻撃する。手段を選ばない汚い戦争です。あの仲間に加わるのかと思うと、身が汚れるような気がします。

安倍首相は行使容認を目指す集団的自衛権を「限定的なもの」と説明しますが、戦争の現実を知らない人の言葉。相手がピストルを持っていれば、ピストルで応戦する。ライフルならライフルで、機関銃なら機関銃で。ひとたび武力を使うと際限なくエスカレートしていきます。

北朝鮮の核実験や中国の挑発があると国民はヒステリックになる。政治はその隙を突いてきます。

(中略)武力によって守られたと感じたことは一度もなかった中村さんなりの「安全保障」がある。「政治グループ、部族、地域の対立関係から超然としていること。移動の際、ルートや時間帯を変え、現地の治安部隊、警察と連絡を密にし、いろいろな情報を得ておくこと。そして、地域住民との信頼関係。こちらが本当の友人だと認識されれば、地域住民は保護を惜しまない。

大事なのは、人間の犠牲を減らすための外交努力です。自分が殺されるのは嫌だから、相手も殺さない。これが普通の感覚じゃないですか。


引用元
2014年5月3日 中日新聞
2014年6月5日 神奈川新聞
2014年9月7日 西日本新聞
2014年7月6日 西日本新聞


攻撃以外でテロをやめさせる方法は、この中村医師の活動そのもの。その地の人々の生活を向上させるために労力(やお金)を使うこと。中村井医師の考える安全保障そのもの。攻撃をせず信頼関係を作り、本当の友人だと認識してもらうこと。

今、日本でもあらたな局面を迎えていると思う。「集団的自衛権」 なんて誤摩化した名称をつけても、これは他国を攻撃するための言葉。攻撃はさらなる攻撃をうみます。最大の防御は、攻撃をしないこと。そのための憲法九条を守ること。

私たちは、もっと憲法九条を誇りに思っていいと思う。攻撃すできないから外交で弱い立場になるのではなく、攻撃しないと宣言しているから強気にでれる、そういう外交をして欲しい。