2015/01/09

転換期

新しい年になりました。あけましておめでとうございます。クリスマスは、通常の物欲に負けて、エルサのものをもらうことにして、たくさんのエルサグッズ(文具や小物)をもらって、ムスメは大満足。まだまだ質より量なんです。

2014年は、海外に行くこともなく、飛行機すら乗っておらず、特に変わったこともなく「いつもの日々」を過ごしました。それは平和で幸せなことだけれども、いつまでもそこにいれるとは限りません。2015年は、よりよい未来のために、動きのある飛躍の年にしたいと考えています。

ワタシとムスメの2015年の大きな動きのひとつは、ひっこし(に、なる予定)。ムスメが生まれて、田舎に戻ってきて以来、小学校を選んで引っ越そうと考えていました。ムスメが年長になったら、じっくり探して準備しようと思っていたので、(ムスメはまだ年中の去年は)なんとなく全国のおもしろそうな小学校をネットで探してみるくらいで、特に何もしていませんでした。むしろ、ムスメが小学2年生にあたる2017年の夏にまた日食を見る旅を数ヶ月したいと思っていたので、それまではこのまま田舎にいて、旅から帰ってきたタイミングで引っ越すことを考えはじめていました。

その旅よりも、優先して引っ越すことにしたのは、あることがきっかけです。

ムスメの幼稚園は、3歳になると入園できるので、3歳になった年少々の子が随時はいってきます。

ある日、「あたらしいおともだちがはいってきたの。ハナちゃん(仮名)っていうんだよ。ムーとちがうおへや(クラス)だけど、ムー、おともだちになるの。」と興奮して幼稚園から帰って来ました。毎月の園だよりでハーフの子がはいることを知っていたので、その子のことを話しているのだなぁと思っていました。「ムーね、あたらしいおともだちに、おてがみかくの♡ かわいいシールもはってあげるの♡」とウキウキ。普通は別のお部屋の新しいお友達まではお手紙書いたりしないので、よっぽど嬉しい様子。

ムスメはハーフだとけど、家に外人(?)のお父さんがいる訳でもなく、日本語オンリーで育ててきているので、本人は他の人と違うとはほとんど思っていなくて、アイデンティティーも「(純)日本人」のつもり。だから、たまにハーフと気づいた知らない大人に「はろー」と言われたりすると、「ムー、えいごじんじゃないのに・・・」と不本意に感じるみたいだし、時々公園で知らない子(特に小学生など少し大きい子)に「外人みたい」と言われると、少し傷つくみたい。でも、「ママとおなじくろい髪がよかった」と言ったりするので、どこかで少し違うとわかっているところもあるんだと思う。本人は意識していないようだけど、公園などでハーフの子をみると、日本人の子よりももっと気になるみたいで、幼なじみはハーフの姉妹。(その姉妹とも、公園であったりするハーフの子とも、会話は全て日本語)

そんな「日本人なハーフ」のムスメの通う幼稚園では、これまでハーフはムスメひとり。そこに新しいハーフの女の子。ムスメはウキウキわくわくで新しいお友達のことを話していたのに、2、3日するとぴったりその子の話をしなくなりました。おかしいなぁと思って、「ハナちゃんはどうしたの? 仲良しのお友達になるんじゃなかったの?」と聞くと、ムスメは「あのこ、きらい」。あれれれれ?「なんで?」と聞いたら、「だって、ハナちゃん、ムーにえいごではなすんだもん。」「あら、ハナちゃん、英語しか話せないんじゃない?」「ちがうよ。だって、ほかのひとには、にほんごではなすもん」

生まれた時から、バイリンガルの環境で育てられた子は、(最初は言葉がミックスしていたとしても、ある程度になると)ちゃんと相手を識別して、それぞれの言語だけで話せるようになります。ハナちゃんは、そうやって日本語と英語を分けて話せるようなので、ムスメのことを英語を話す人だと認識したハナちゃんは、ムスメに英語で話しかけていたみたいでした。

「ハナちゃんに、ちゃんと『 ムーは、にほんごしかはなせないから、にほんごではなして』って言ってごらん?」とムスメに教え、ムスメがハナちゃんに伝えると、日本語で話してくれるようになって、ハナちゃんのこと嫌いじゃなくなりました。(でも、英語で話しかけられたのがトラウマなのか、「すごい仲良し」にはなっていません。)

この小さな出来事がきっかけで、ムスメに本格的に英語で教育を受けさせることを考えはじめました。なぜだか、日本ではハーフの外見をしているだけで、(その子がフランス語圏の子であっても、アラビア語圏の子であっても、日本語しか話せなくても)英語を話せると思われてしまいます。英語が話せないと「ハーフなのに...」と残念そうに言われたりします。もう少し大きくなって、きっちりと日本人としてのアイデンティティを確立して、英語話せなくてもいいと思えれば、それでもいいと思うのですが、それでもハーフ顔でいる限り、日本にいる限り、初対面では英語を話せると思われる偏見はついてまわるのと思います。ハーフにとって、英語は話せて当たり前に思われるのであれば、話せるにこしたことはないと、早いうちにその教育を受けさせてあげるのも親の役目かなと、思い始めました。

私は英語を話すので、私が教えればいい、という声も聞きますが、親子の間で一度確立した言語を別の言語にしようとすると、子供が拒否します。友達にアメリカ人と日本人のハーフのお母さんがいますが、そこはお父さんも日本人なので会話が全て日本語という環境の中で子供を育てたので、今更お母さんが英語で話しかけても、子供は聞いてくれません。逆に、オーストラリアに住んでいる私の日本人の友達は、お父さんが外国人なので、英語の環境で育てて、ある程度英語が確立したので、日本語を教えようとしても子供は親が自分の知らない言語を話すのを嫌がりました。ハナちゃんみたいに最初からバイリンガルにするには、お父さんは常に英語、お母さんは常に日本語で話すようにします。成長過程の子供は、音声や文法などで言語で区別しているのではなく、話している人で区別して言語をわけて考えられるようになるそうです。だから、一人の人がひとつ以上の言語を話すと、どこからがどの言語か区別できなくて、ベースとなる母国語があやふやになると聞いたので、私は選んで日本語だけで子育てをしました。ちなみに、最初から複数の言語の環境で育つと、ひとつの言葉だけを習得しようとしている子供よりも、言葉がでてくるのが遅くなるそうです。

話がかたくなりましたが、とにかくハナちゃんの一件で、ムスメに英語をコンプレックスに感じるようになって欲しくないなぁと思い、そろそろバイリンガル教育のことを考えないといけない時期なのだと気づきました。それで、英語で教育を受けられる学校を調べたら、なんと秋入学。秋入学だと夏生まれのムスメは、日本でいうところの早生まれになるので、今年の秋に1年生になるのです。

あわてて資料を取り寄せ、学校の見学に行ってみたら、とてもよさそう。子供の自主性を大切にしている学校で、「国語(英語)」「算数」「理科」「社会」と分かれてなくて、「主要教科の時間」に算数しながら文法の話で国語の授業もやったりと枠をとりのぞいて学ぶカリキュラムで、クラスみんなで年間を通じて1つのプロジェクトを決めて、学んで、学年の最後にその研究に関係するところに社会見学しに行きます。日本の学校と違うのは、覚えさせるのではなく、自分で学ぶ方法を教わること。1年生でも図書館で友人と協力してリサーチする時間があったり、音楽や体育や美術などは、それぞれ専門の先生に習います。通っている子供たちの出身国も25カ国以上でとても国際色豊かなので、この中にいれば「ハーフでいること」は大したことではなくなるだろうし、むしろこれまでよりももっと強く「日本人」としてのアイデンティティを持つのかもしれません。逆に、これまでムスメが思っていなかった、イギリス人としてや、南アフリカ人としてのアイデンティティも生まれるのかもしれません。

英語で教育を受けれる学校ということで探したけれど、それよりもこの学校の教育方針に惹かれたので、この学校があるところへ引っ越そうかなと考え中。ほぼ決めているのだけど、私のフリーの仕事で食べていけるかどうか見極めて最終決定しようと思っています。遠く離れたお友達へ近況の報告と、どういうきっかけで学校を選んだのかの自分メモでした。